No.147 脱線(3) 菅降ろしにあえて異議
原発。
思ったんですが—、この話、反対派としてはどうしても推進・容認派を非難
したくなるのですが、そればっかりだと陰湿さを帯びてきて、自分は“中立
”だと思っているような人が聞いていてムッとする事も出てきて「批判だけ
じゃなく前向きな意見を言え」となってくるんだろうな、と。
なので、できるだけ前向きに行きますね、明るい「脱原発」! ですからも
う一度だけ脱線シリーズにおつきあい下さい。一応、最後にちょっとだけラ
グビーの話題(?)も出てきますし(笑)。
それにしても、反原発が日本ではタブーらしいとは感じていたけれど、それ
は、例えば、原発誘致でお金をもらっちゃった人達、土地や漁業権を売って
しまった人達、家族や親戚がそこで働き口を得ている人達などが、本当は反
対なのだけど「大っぴらにそうは言えない」からなのだと思っていた。
大手メディアが、莫大な広告料をもらっている電気会社電力業界の顔色をう
かがった報道しか出来ない、そういう事を指すのだと思っていた。
それ以外の人達の大多数 (私も含めて) にとっては、日々の生活の中で原発
の事を真剣に考えた事などなかったというのが実際のところだろうから、そ
うやって殆ど考えて来なかったのに原発が必要だ或いは必要悪だなんて言う
人がいるとしたらそれは無意識の内に洗脳されてきたからなわけで、「騙さ
れてた−」って事がわかれば脱原発にあっさり乗り換えてくれるに違いない、
と思っていた。
「大きな声では言えない」が前提だとしても、「ホントは原発なんてないほ
うがいいよね」が大多数の感覚なのだろう、そう思っていた。
ところがどっこい、「反原発」「脱原発」を「極端な思想」だと思っている
人が未だに結構いる、らしい。驚いた(・・で、冒頭の感想に至りました)。
特殊なイデオロギーの話じゃないんだ、フツーの人同士で対立していても始
まらない、どこか「あ、そうだよね」と頷けるところを作っていかなきゃ。
『原発列島を行く』(鎌田慧)の前書きに、今(注:10年前に出た本です)の著
者最大の関心事は、<大事故が発生する前に、原発からの撤退を完了してい
るかどうか><つまり、すべての原発が休止するまでに、大事故に遭わない
ですむかどうか>だ、とある。<大事故が起きてから、やはり原発はやめよ
う、というのでは、あたかも二度も原発を落とされてから、ようやく敗戦を
認めたのと同じ最悪の選択>。
しかし、しかし、しかし。
危惧されていた<大事故が起きてから>でさえ、「脱原発派」は事故以前の
18%から事故後42%に増えたに過ぎない(数字は5/26付朝日新聞紙面より)。
やっと多数派になったとは言え、依然過半数に満たない程度。これだけの事
態に直面したら、100%とは言わないまでも90%くらいの人が「原発いらん」
と言うでしょー、という私の読みはぜっんぜん日本の現実に即していなかっ
た! 「大事故が起きてなお、原発はやめよう、とはならない」なんて「最
悪以下の選択」ではないか! 激しくショック。
このままだと「明るい脱原発」にはほど遠いので、気をとり直し、改めて—
「原発は安全、原発は安い、原発がないと電気が足りない、原発はCO2を出さ
ない・・全部ウソですよ!」
この間書いた時には、影響力ある有名人が「少数意見」の「反原発」を珍し
くはっきり表明してくれたのが嬉しくて、この奇特な人物にセッセと旗振り
役をつとめてもらいたい!と期待し孫正義さんの会見を引用しましたが、今
はもっとあちこちから正確に、「原発が安い」のウソや、むしろ原発を推し
進めるために結果として電気事業革新も遅れ電気代も高くついている、とい
う実態が出てきています。
「原発がないと電気が足りない」も脅しに過ぎなかった事がデータで証明さ
れています(震災直後は私も殊勝な気持ちで「精一杯節電に協力しよう」と思
ってたけど、見事に欺されてたわけだ・・・・足りないからとかじゃなくて
“節電”を心がける事自体は大事だと思いますが・・)。
そして、もし仮に、原発のコストが非常に安く又それが無いと電気が今より
不足気味になるのだとしてさえ、これほどにクリーンではなくエコという考
え方ともかけ離れた手段、これでわざわざ電気を作ろうだなんて言語道断(←
あ、いかん、ついカッカしてる。明るく、明るく・・)。
コストの話と電力量の話(は、5月に入った頃からはようやく地上波でもボチ
ボチ出るようになってきた)に比べてこの部分はまだ殆ど取り上げられてはい
ないけれど、実はより重要な点だと思います。
“影響力ある有名人”であるオバマ米大統領(残念ながら幻滅させられるばか
りですが)には「地球温暖化対策としてCO2削減を達成するために、原発はな
くてはならないものだ」などという妄言を直ちに撤回してほしい。環境悪化
を防ぐには、少なくとも原発やめる事のほうが余程有効です。
先日『100,000年後の安全』という映画を観ました。
例えばエジプト文明の頃の人達が、現代でもまだ猛毒を放出し続けるような
厄介な物質を使って、そうだなあ、紙を生み出していたとでもしましょうか
。
紙は生活のために非常に重要なものだから作らないわけにはいかなかったか
もしれない、けれど他の材料でだって作る事ができる、なのにどうして人間
の手に負えないような厄介な物質を使って紙を作っちゃったのか、なんと愚
かな、と考えないでしょうか。バカよばわりして笑っていられるくらいなら
いいけど、現にその厄介な毒が何千年もの時を経てなお私達が暮らす地上に
或いは地中に遺されていてそれによって害を被るとしたら、迷惑千万だし許
せないですよね。
つまり、原発っていうのはまさに、他の材料でだって間に合う電気を作るた
めに、地球規模の汚染さえ引き起こしかねないような厄介なものをわざわざ
用いて、そしてエジプト文明期から現代といったどころではない尺度の長さ
の未来(100,000年後)にまでその負の遺産を押しつける、そういうものだとい
うこと。
尤もこのまま原発を続けていけば1万年、千年より遙かに近い将来に、海も大
地も、空気も水も、生き物にも汚染が蔓延し、「まだまだ原発をやるんだ!
」と言う人が仮にいたとしてももうやれない、そしてもちろん「もうやめよ
う!」と悲鳴をあげたとしてももう遅い・・そうした事態に直面する事にな
るのだと思うけれど。
ところで、5月23日の参議院行政監視委員会は国民必見のはずと思い、「報道
して下さい」、私はNHKに要望を送ったんですけどね、中継はおろかニュース
にもなりませんでした(ちなみにその同じ時刻何を放映していたかというと、
例の、注水中断を言った言わない、の不毛な“水掛け論”←おっ、我ながら
なかなかのシャレではないか・・笑)。余程有意義な内容だった委員会審議の
ほうは、以下で視聴できます。
http://www.youtube.com/watch?v=8WNFcNOkzIY&feature=player_embedded
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=TxR7ZfDohow
議員の質問部分がやたら長いのでその部分を適当に飛ばしながら(それでも長
いですが)どうぞ。
しかし、というか、やはりと言うべきか、今日本で、未来のためにとか環境
のためとか理念で訴えてもあまり真剣に受け容れてもらえないようで、むし
ろ、大損害だ、どうしてくれるんだ、弁償しろ、責任とれ、生活がかかって
るんだぞー、と権利主張するほうが正論として認められるみたいだと、やっ
と私も学びつつあり、つまり、原発によるデメリットは前回書いた温排水問
題だけではないけれどその一点だけをとっても、例えば漁師さんはいくら大
金をもらったとしたって一時金に過ぎないんだから、それで海をダメにして
しまったら“採算が合わない”と反対してほしい、そのほうが効果的だ、と
考えている。だけど、そういう側面でしか物事を判断したり論議したりでき
ないのって、本質的におかしい、というか情けないことだよなあ。
上の行政監視委員会冒頭の参考人供述に於て、小出さんが引用したガンジー
の『七つの社会的罪』。
理念なき政治
労働なき富
良心なき快楽 人格なき教育 道徳
なき商業
人間性なき科学
献身なき宗教 —
政治には理念が無くてはいけない(理念の理の字も無いぞ!)、豊かに暮らし
たいのならアリとキリギリスのアリのように働くべきだ、他者の上前を撥ね
るような、他者の犠牲の上にのみ成り立つ商売などすべきではない、自分さ
え快適な暮らしが出来ればよそで不条理な事が起こっていても見ないフリと
いうのではいけない、科学者たるもの御用学者になり下がることなかれ・・
・・
耳に痛く身に沁みる。そしてつまるところ今問われているのはこういう事な
のだ、と思う。
Australiaのアボリジニーの人達(ミラール)が、現在日本を汚染している放射
性物質の少なくとも一部が彼らの土地から採掘されたウランによるという事
を悲しみ、そして、このような事態を再び引き起こさないために、ウラン採
掘から得られる厖大な収入を放棄し、採掘を制限する決意でいる、との記事
を読んだ。
言うまでもなく、彼らは加害者ではなく被害者だ。ウラン採掘によって、元
々この土地を所有していたミラールの人達の生活はひっくり返され、アルコ
ール依存や金銭をめぐる諍いが生まれるようになった。先祖伝来の土地は「
汚染された岩が積み上げられ、毒を含んだ泥土に大きな穴があいている状態
」と化した。
そんな破壊された土地だけが残り、新たなお金は入ってこない・・・・それ
でも彼らはこれ以上の開発に反対して採掘を拒否する、と言う。
日本。
原発の元に住む人達は原発マネーの恩恵に浴し、それに依存するようになる
。一方で、彼らの土地や海は失われ破壊される。
アボリジニーの人達のように、もうたくさんだ、もうやめてくれ、新たなお
金など入ってこなくていい、そう言える地元民がどれだけいるか、と思う。
偉そうに聞こえたらすみません。原発立地帯の(容認、推進派の)人達を批判
するのは、単に反原発を口にするより更に禁忌なのかもしれない。でも、そ
れを避けていては変わらない、進まない。
「進まない」と言えば。
日本の政治のお粗末さには慣れっことは言え、今の政局の愚かさには吐き気
がする。
「菅さんだから進まない」? 進もうにも進ませていないのはあんたら(与党
も含めて)だろーが。
私は別に菅さんの支持者ではなく、菅さんの中途半端さに天を仰いでいたり
もするのだけど、それでも、浜岡を停めた(永久停止と言わないところが中途
半端)のは菅さんだよ、原発推進政策を見直して自然エネルギーに重点を置い
ていくと表明した(そのくせG8で「安全な原発」云々などと言っちゃうところ
が中途半端)のは菅さんだよ、そして、発送電の分離という重大な発言をした
(のにその後おとなしくなってしまうところが中途半端)のも菅さんだよ。
「首相が菅さん以外の人なら協力する」? 子供じゃあるまいし、何それ。
・・いや、わかってる。このまま菅さんが脱原発や発送電分離を進めちゃう
と非常に困るのよね、だから、「菅さん、あなたはとにかくやめてくれ」な
のよね、そうでしょう?
この先、大連立(気持ちワルー)で、「地下式原発推進議員連盟」(民主党鳩山
由紀夫、羽田孜、自民党森喜朗、安倍晋三、谷垣禎一、国民新党亀井静香、
たちあがれ日本平沼赳夫)の輩達が国策を決めて行くようになったらば、日本
もいよいよおしまいだ、という感じがする。
ああ、政治の話なんかホントはしたくないのだけど(ムカムカするだけで、ち
っとも明るくなれないし)、でもここは、欺されやしないぞ、という意味を込
めて、あえて書いておく。
が、欺されまい、と思っているくせに、つい数日前も「げっ、そうだったの
か」と仰け反る事がありました。独の脱原発表明についての「そうは言って
も、ドイツはフランスから(原発の)電気に依存しているという現実がある」
との解説に、「うーむ、簡単ではないなあ」と眉間に皺を寄せながら腕組み
までしていたのに、調べたら全然違うじゃん・・。尤もこういう驚きは、結
果として疲れないからOKですが。
そう、最近疲れる事が多すぎて(精神的に)・・ はー ←溜息。
で、気分転換に実は近々ある娯楽に出かけるのですが(ヒント:
Love&Peace&○○by奥田民生)、ちょっと嫌な予感は、今の○○の状態からす
るともしかして「がっくり」と更に疲れる事になるのではと・・・・(爆)。
あ。先程、日本人は原発マネーに弱い、って一般論で書いちゃったけど、そ
うでない人達は確実に存在する。(故)高木仁三郎さんとか(故)久米三四郎さ
んとかだけじゃなく、原発ヨイショの宣伝を桁違いの金額を提示され依頼さ
れてもきっぱり断って来た人達や、そしてもちろん地元で反対運動を続けて
いる人達。
30年にわたり上関原発建設に反対し続けている祝島の人達は今も毎週月曜日
には島内一周デモをしている(ステキだ〜)。上関原発が今日まで建てられず
に済んできたのは祝島の人達が「行政・電力会社の圧力に屈せず反対してきた
から」。「一時のカネに左右されず(注:祝島漁協は「海はカネには換えられ
ん」と、約10億円の保証金の受け取りを拒否してきた)、まっとうに生きるこ
と。子供たちに残したい地元の姿を想像すること。それを目指すだけで、原
発は不要になります」(「」内は小出さんの言葉)。
まっとうに生きる、で思い起こす一人が、前掲の『原発列島を行く』に登場
する前田トミさん(昨年逝去、享年82歳)。30年40年にわたり原発に反対して
きたトミおばあちゃんは、首相、経産省、電力会社に宛てて毎日ハガキを出
していたそうです(ステキだ〜)。「確実に夥しい核ゴミを生み遺す原発の新
・増設は、もう絶対にお止め下さい。見直して下さい。賢い国に原発はいりま
せん。見直して下さい。地球の未来のために、是非、是非見直して下さい。
日本はこのままでいいのでしょうか。危ぶまれて仕方ありません。見直して
下さい。見直して下さい。見直して下さい。何卒、御賢察の程、お願いいた
します」
こんなにも本質をつく言葉を何年も前から発してきた人がいた一方で今なお
原発問題の本質については相変わらずまともな議論すらなされていないけど
・・・・・・え〜と、「明るい脱原発」でしたよね(苦笑)、
代替エネルギー案については活発に色々な提案が続々と。筆頭は、「旗振り
役に」と期待した孫さんの「電田プロジェクト」。でも、実を言うと私は代
替電力はメガソーラーとかよりも、地域内小規模発電のほうが望ましいと思
っています。太陽光ならば普通に屋根に設置するとかでいいんじゃないのか
な(っていうか、まずは蓄電システムだ)。大規模局所集中型の発電は災害や
事故の際のリスクやダメージが大きく、又、規模が大きければ設置にそれだ
けコストもかかるだろうし「新たに開発」しなくてはいけない事が多いので
はないかと思うので(あくまで素人考えですが)。
風力も、発電能力はかなりのものらしいですが、例えば渡り鳥などがぶつか
るとか騒音とかの問題(原発に比べれば、工夫次第で何とかなりそうではあり
ますが)があるようなので、これもあまり大規模なものが乱立するのはどうか
という気がする。
潮流や波浪による発電も確かに有効そうですが、素人には実際のところがよ
くわからない。ともかく、何にせよ環境をそのままの形で活かせるものなら
ば良いけど、自然を損なうようなものなのだったら、そういう発電をわざわ
ざ選択する事はない、これを判断基準にしたい。
例えば、電気によらない自然の冷暖房—地下水や地盤を利用して暑い空気を冷
やしたり冷たい空気を暖めたりする—にも「それによって地下水があたたまっ
たりとか地盤に影響は無いんだろうか」というような疑問が浮かぶ。信頼で
きる人が「それは、これこれこーだから、大丈夫なんだ」と教えてくれるん
だったら安心できるのだけれど。
というわけで、素人としては、より安心というか安全!確実!小規模!手軽
!なエネルギーへと心が向かいます。
生ゴミのガス。間伐材やら大量の雑草(この時期の草刈り草むしりは半端じゃ
ないのでちゃんと回収すれば田舎では馬鹿にならない量が集まるはず)。加工
食品の廃棄部分(例:ジュースのしぼりカス)や木綿のボロでも結構なエネル
ギーになるのだとか。リユース&リサイクルのアイディアはますます出てき
そう。
新たに大層な施設を作らなくてもできるものとしてゴミ焼却施設での発電や
、下水処理施設とか農業用水路とかでの小規模水力発電。1mかそこいらの
小さい水車でも、驚く無かれ一般家庭の使用電力をほぼ賄えるくらいの発電
量があるらしいから、近くに用水路がある住宅は「マイ水車」を持てばいい
んだよね。シンプル・イズ・ザ・ベスト。・・なんか明るくなってきた〜(笑)
“ついで発電”,“ながら発電”は、システムさえ普及すれば基本的にあら
ゆる場所で可能。スポーツジムのバイクやルームランナーで利用者がジャン
ジャン発電できるようにしちゃえばいいし、ジムもそうだけど、人がたくさ
ん通るところでは、踏む(その上を歩く)ことで発電する床を設置するだけで
いい。実験的に観客席にこれを少し置いているスタジアムをTVでとりあげて
いましたが、声援送りながら足踏みしたり飛び跳ねたりして発電・・楽しそ
っ(笑)。
やっと少しは「明るい脱原発」になったところで最後にラグビーの話(と言え
るかどうか)。
歴代総理の中でも最低の支持率を誇り(?)今また地下原発推進なんていう事
をやっているあの“人品卑しい”おかたを会長にかつぎあげている日本ラグ
ビー協会、その見識を疑うのは私だけでしょうか(っていうか、多分私だけっ
てことなんでしょうね・・・・ はー ←再び疲労の溜息)。
疲労を振り切って、6.11は「脱原発100万人アクション」松本でのデモに参加
してきます!
2011/06/08 佳
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Last updated: 10/28/2011 13:49:00