No.125 無心のススメ

 彼の目には、フィールドの中の光景が一体どんな風に写っているの
だろう。

 自分に向って来る相手チームの選手―。普通ならば、襲いかかる荒波
のように見えるであろうのに、彼の目にはただふわふわと漂う煙のよう
にしか写っていないのではないか。
相手の動き―、味方の動き―、彼にはそれらがスローモーション映像の
ように見えているのではないか。
スローモーションの世界の中で、余裕を持ってパスを放つ。落ち着いて
パスを受ける。ゆっくり、力強く、ゴールラインへと進む。
彼が進む時、あたりを取り巻く煙は、スーッと左右に分かたれ、そして、
その場に置いていかれる。
彼には、トライへの道筋が、芝の上にスポットライトで照らされてはっ
きりと見えている。
そんな風に思えてしまった。
 実際には、彼の目に、というより、観客の目に写る光景、それが、い
つもと違うのだ。
彼、というファインダーを通すと、普段と同じラグビーの試合が、別の
ものに見えてくる。

 布巻峻介。
TVで見ていても十分目立つけれど、生だとその存在感、というより空気
感、が一層明らか(なんて言ったって、生布巻←と書くと、なんだか昆
布巻きの仲間みたい<(_ _)>‥多分たったの3回しか見たことないのです
が)。

 まだ余り知られていないけれど「イイぞ〜」という選手を秘かに追い
たい私にとって、彼みたいな超メジャー選手はその意味では興味の範疇
外。敢えてフンという感じで見る。間もなく、フ‥ンと、心にさざ波が
たつ。その内にウーンと唸ることになる。
3回目の“ナマ布巻”だった2月某日、
対戦相手(素晴らしく良いチーム)のお母さんがたが、防戦一方の息子
達に向って「とめろー!」「タックル!」などと送っていた声援、
それが段々、「げげっ」「うわっ」「いやーっ、とめてぇー」の悲鳴に
変わって行き、やがて、「‥かっこエエ‥」と布巻らヒガシの選手への賞
賛をつい口走る(←「◯◯さん、何言っとぅの?!」の非難とならず、皆で
「‥ (頷く)‥」同意してしまっている)―そばでこの変遷を耳にしなが
ら「‥面白いお母さん達(くすっ)」と思っていたけど、考えたら、私の、
フン、→ フ‥ン、 → ウーンも、これとなんら変わらないか(笑)。
しかし実は最後(既に途中から)又、フン、に近い感覚に戻ってしまう
のは、普通ならウーンと唸らされる程の選手からは目が離せなくなるは
ずなのに、彼の場合は興奮を通り越えて「‥参ったな、もう」という感
じになってしまうから。
言い換えれば、それくらい図抜けている、ってこと。

 スローモーションの世界―
もちろんプレーがスローだとかスピードが無いわけではない。ただ、彼
に、というかチーム全体に言える事なのだけれど、「焦り」という言葉
は見当たらない。代わりに感じられるのは‥何という「余裕」だろう。
7割か8割のスピードと力で、まずはしっかり見て、見きわめて、そして余
力を残しながら動いている、そういう印象。
 そこなんだな、多分。
100%、それ以上の力、もうどこを絞っても何も出ない位の目一杯の力
と気迫でプレーする姿に胸を打たれるのと裏腹に、7割8割と見えてしまう
余裕のプレーは、感動とは程遠い。だから、布巻峻介を、そして東福岡の
ラグビーを、「好き」という風には思えない。
 でも、それなのに― フン、と、突き放して見ているのに―
(認めるのがちょっと悔しい気もするが)確かにあるのだ。小気味良さ、
楽しさ、が。

 ‥などというような事を考えるともなしに漠々と思っていた3
月初め、トップリーグ・オールスターチャリティマッチのハーフタイム
アトラクション(タグ)にヒガシの子達が出演(つい、ショーのように
書いてしまったけど、まさしく“東福岡ショータイム”という感じだっ
た)しているのを見(これはナマじゃなく、TVでです)、改めて、「楽し
い」ラグビー、という言葉が頭に浮かんだ。

 ここからは布巻峻介個人についてというより、チームについての話に
なるのだけれど―
「打倒ヒガシ」モードの近年は特に、東福岡に対して斜に構えて見る傾
向にありますが、前に書いたように、もともとは、子供達に“満点” を
つける向かい合い方にとても共感していて、だからヒガシ流の「のびのび
楽しく」は決して嫌いじゃない(‥んですよ、Oママ)。
“ショータイム”での、のびのび楽しい、どころか、楽しくてしょうが
ない、といった姿を見ていると、「なるほど上手くなるはず」「強いは
ずだよね」と納得できる。 
彼らにとってラグビーは自分達の一番気に入っている遊びなわけで、子
供は遊びの天才だと言うけれど、子供の奔放さと大人の余裕で「楽しく
遊ぶ」才能を持つ彼らはつまり、ある意味天才なのかも。

 去年こういう事を書いたことがある。どういうラグビーをしたいの
か、しようとしているのか、が感じられないプレー(チーム)には、魅
力を覚えない、と。何故そうなのかの理由を、言葉で表してみようとし
たことなどこれまでなかったけれど、
ヒガシの事を念頭に置きながら、ラグビーへの敬意が伝わってこない気
がするからかなあ―、信念、哲学を見せてほしいのよね、“遊びじゃな
いんだから”‥‥と思って「はっ」とした。
 ラグビーへの敬意、信念、哲学‥そうしたものをしっかり持った愛す
べきチーム達―。もしかして彼らは、ラグビーを大事に思うあまり、何
かにこだわり過ぎ、又は志を高く持ち過ぎ、崇高な目標に向って行く
「そのために」ラグビーをする、という風になってやしないか。
 彼らのように、何かのために(目的を見据えて)ラグビーをするのと、
ヒガシのように、ラグビーをすること自体が目的、つまりラグビーその
ものを見据えているのと、
どちらが「正しい」というのではないけれど、どちらが「楽しい」かと
言ったら‥
「ああ、そうか」と腑におちる感あり。

 ヒガシの子達は、20点とる(差をつける)までは決め事を守って堅実な
プレーをする。20点とったら、あとは好きなようにやってよい、らしい。
そりゃー張り切るよな。「思いっきり好きなだけ遊んでよい」と言われ
た子供と一緒だもの。
で、これ迄、この「20点とったら」→「遊べる」というのを、多くの強豪
チームが持っているであろうモチベーションと同じもの(のバージョン違
い)だと勘違いしてました、私。「100%の力を出せたら」→「優勝でき
る」と同じよね、と。
 ‥違う、違う。
「優勝する」ために「100%の力を出してラグビーをする」は、
◯◯のためのラグビー、目的を持つラグビー。
「遊ぶ(ラグビーをする)」ために「(20点以上の差をつける)
ラグビーをする」は、目的イコールラグビー、目的そのものがラグビー。
つまりヒガシのラグビーは、ラグビーのためのラグビー。
「とにかくラグビー。なんてったってラグビー。ラグビー、ラグビー、
ラグビー‥、だって楽しいんだもん」という感じか(笑)。
ある意味これ以上純粋にというかストレートにラグビーをやっている強
豪チームは他にない、かも。

 常翔学園。
当たり前だけど、彼らだってラグビーを楽しんでいるはずだ。
ラグビーをするのが楽しくて、ラグビーが好きで、だからもっとうまく
なりたい強くなりたいと思って頑張っているはずだ。
常翔学園のほうがヒガシよりも「楽しくない」「純粋でない」と言った
らそれはちょっと違う。
少なくとも純粋さという面では、彼らこそ「これ以上純粋にストレート
にラグビーをやっている強豪チームは他にない」と言いたい(愛)。要
するに純粋さのタイプが違うというか(「純粋」にタイプもへちまもあ
るか、という感じですが)。

 しかし、3月中旬に某所で見せてもらった時のBチームは、ど
うも「楽しくなさそう」だった。どーしたんだと心配になったほど。B
チームの後に試合をしたAチームは気合い入ってて元気良かったので、
Bチームのほうはたまたま調子が悪かったのだろうと思う事にしたので
すが、見たのが例のヒガシ“ショータイム”の直後だったからそのせい
で極端に感じてしまったのかもしれないけれど、「楽しそう」度合いが
「ヒガシに比べたら劣る」なんてもんじゃなく、暗いというか静かとい
うか‥書いてたら何だか再び心配になってくる(;_;)。およそ
「ラグビーをするのが楽しい」「ラグビーが好き」といった感情が伝
わってこない試合ぶりだった。
彼らがラグビーを嫌々やっていたり好きでもないのにやっていたりする
わけはないから、ただ、心の、というより頭の中に、「うまくやらな
きゃ」とか「勝たなきゃ」が飛び交っているせいなのか?
勝って「よしっ。良かったぞ」と言ってもらうためのラグビー、になっ
ちゃってやしないか?

 ◯◯のためのラグビー、目的を持つラグビー。
目的を持つ事がいけないのでは無論ない。普段の意識としては、目的を
持ってやったほうが絶対いい。
小さな目標(例えばミスの回数を昨日より一回減らそうとか)、大きな
目標、自分にとっての目的、チームにとっての目的、毎朝、毎回、毎秒
(!)、しっかり意識してラグビーに向かい合っていくって事は大事だと
思う。
 でも、実際にラグビーをしているその時は、ホントは無心に楽しんだ
らいい、のだろう。
うまくなりたい、強くなりたい、というのだって、「好きだから」「う
まく強くなったら楽しいから」という、子供の気持ちで良いんだ。
‥無心のススメ。

 んー。思うに、個人的には「強い」コーダイ「強い」ジョーショーが
好き、なわけじゃなく、「へたれてても」(失礼)好き(←愛、ね)、
なんですが、やっぱり「子供みたいに楽しそー」にプレーしてる彼らを
見るのは楽しいし、そういう時こそが紺赤の一番強い時だという気はす
る。
Bチームがお通夜のようだったのと同じ日に若手OBチームの試合
もありましたが、彼らのプレーぶりなんかはそれ(=子供みたいに楽し
そー)に近い雰囲気だった。即席コンビネーションなのでミスも見られ
たけれど、それで縮こまるとかギクシャクするとかはなくて終始のびや
か。対戦相手との力の差もあり、余裕があったからでしょうが。
‥あれ? “余裕” が感じられるのに「好き」とはこれ如何に? 
さっき、『余裕のプレーは、感動とは程遠い。だから、「好き」とは思
えない』と書いたくせに。
いやいや、『でも、確かにあるのだ。小気味良さ、楽しさ、が。』‥
そう、本人達が楽しんでやっているラグビーは、見ている側にも、小気
味良く、楽しい。
余裕だぜ、楽勝だぜ、なんて、ハナからなめていてはいかん。もちろん。
でも、なめてかかってさえいなければ、「一生懸命遊ぶ」で十分なん
だ、多分。

 結局、それが、例の、<対戦相手が1でも或は10でも、誰が相手でも同じ
事が><いつもと同じ事をいつもと同じように>‥っていう、去年から
ずーっと考え続け書き続けているそのこと、なのかもしれない。


 布巻峻介君に戻ります。
 『ラグビーマガジン』で野沢君も書いてたけど、確かに、彼を今後
4年間大学「なんか」で「道草」食わせるよりすぐにでもプロとして鍛
え上げたほうが、という気がするのは事実。
 今、Tri NationsやSix Nationsの国々の場合、18歳っていえばプロチー
ムに所属して、そこでトレーニング或はトップレベルでの実戦を重ねると
いうのが流れだから、国代表のメンバーを見ても、22,23歳くらいでもう
十分テストマッチ経験の豊富な選手がゾロゾロいる。
だから、日本は未だトップリーグよりも更に言えばジャパンの試合より
も<大学ラグビー>のほうが観客を呼べる特殊な国なので、多くの高校
ラガーにとっても、いずれは桜のジャージをというのはあるにしても、
まずは大学で、というのが自然な憧れなのだろう、でも、その、いわば
<良き伝統>が、日本ラグビーの将来にとって良い事なのかはクエス
チョンマークだ、と、予てより思っていた。
そのクエスチョンマークが、ここに来てこれ迄になく実態を持ってのし
かかって来たような感がある。
 彼を獲得する=自分のチーム(大学)に入れる事が正しい事なのかど
うか、ジレンマにも似た命題を、今季多くのセレクターが抱えているこ
とだろう。
私もちょっと葛藤しました。で、自分なりの方針は決めた(非公開)。

 というわけで、4日は選抜(決勝トーナメント)に常翔学園の応援に行っ
て、ついでに(失礼)布巻と東福岡も見てこよう― 

 と、ここまで書いて「待機」してたんです、実は。
あとは、4日に、常翔学園の空気感や、ヒガシの「楽しい」ラグビーとど
れくらい、どんな風に違うか、をしっかり見てきてから書こう、と。
 そしたら常翔学園が予選敗退(ガラガラガラー、ドッシャーン)。
野上先生曰く「弱くてごめんなさい。まだまだ修行中です。安曇野で鍛
えます」。
いえ、弱いのは別にいいんです(っていうか、そんなに弱いはずはない
んですけど)、ただ、この前のBチームの大人しさも気になるし、「ト
ライのリズムを掴」めないでいるというのが具体的にどういう様子なの
かを、見ないであれこれ想像するより、勝ち負けや出来不出来はともか
く「見」れば少なくとも現状を理解できると思ったから、ナマ常翔を見
たかったんです。なので、見られない事がくやしい。
今年はサニックスにも出ないし、今度彼らを見られるのはそれこそ安曇
野合宿でしょうか(;_;) いやしかし、この分だと見ないであ
れこれ‥で精神衛生上大変よろしくない気がするので、健康管理の名目
で(笑)それまでに一度位関西遠征に出かける事になりそうな(は、
は、は)。
 常翔学園が出ないからといって選抜観戦自体をとりやめる事はないの
ですが、見たいと思えるカードがなくて‥見たい魅力に欠けるチームと
いう意味ではなく、ある程度想像がつく(決勝トーナメントの顔合わせ
よりも予選Gグループが面白そうだったな)、というか‥気になるのは4試
合目の「ヒガシ対仰星」(ヒガシ対大阪)がどの程度なのか、位かな。こ
れとか、準決勝で当たるであろう「ヒガシ対桐蔭」(ヒガシ対関東)なん
かは、今年の高校ラグビー界の「基準」になりますね、ある種の。
今回は九州勢の現時点での戦力に関してはかなり把握できているつもり
ですが、関西、関東のチェックはこれから(といっても選抜にもサニッ
クスにも行かないのなら菅平くらいしか機会はない)で、関西は殆ど横
一線の混戦模様、関東は神奈川が抜けてる感じかな、くらいの印象。
 で、ここから精進してこつこつ各地の高校を見て回ればよいのです
が、今日早速、新年度のスポーツ少年団行事の引率に出た私を置きざり
にルンルンC大へと出かけていったじっちゃんコーチ。「(置い
て行って)ごめんな。今度は一緒に行こな」と仰せで、どうやらこれか
らしばらくは大学モード(オープン戦)に移行しそうな我家です。おし
まい ※選抜観戦記で完結するはずだったのが、予定外の成り行きで文
章展開までもが完全崩壊しているのであった(^_^;)

                        
                           2010/04/03 佳

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